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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第45回 なまの声で語る力
 前回は、昔話が子どもたちを引き付けるのは、昔話そのものに力があるからだということを書きました。そして、その力を生み出す文芸的特質を列挙しました。今回は、昔話を語るという行為と、その場の状況から考えてみたいと思います。
 農村における昔話伝承のプロセスを振り返ってみると、昔語は常になまの声で伝えられてきました。電波を通した声ではなかったし、機械を通した声でもありませんでした。このことが、決定的に重要なのです。その理由は二つあります。
 第一には、人間の声そのものに魅力があるということです。美声という意味ではありません。生身の人間が発する声には、どんな優れた楽器でも真似することのできない魅力があります。声は人間の記憶の深いところにまで入っていきます。その人がいなくなっても声だけが耳の中に残ることさえあります。ましてやそれが、身近なおとなの声であれば、親しさや信頼感といっしょになって、子どもをとらえます。人は誰でも、声を通して、その人自身を感じ取っているのでしょう。そうした声に担われて、昔話が子どもの耳に届けられると、子どもは極く自然に、昔話に引き付けられていくのです。
 第二には、昔話がなまの声で語られるということは、語り手と聞き手が同じ所にいるということです。ふとんのなか、いろりのまわり、せまい部屋、糸紡ぎの仕事場。いずれも狭い空間にいっしょに居たのです。すると、自然の成り行きとして、語り手の息使いも聞こえたでしょうし、体臭も感じられたでしょう。体温が感じられたこともあったでしょう。そういう状況の中で昔話が子どもの耳に、なまの声で伝えられたのですから、語り手であるおとなと、聞き手である子どもとの人間的関係は、いやおうなく深いものになりました。私が訪問した伝承的語り手は例外なく、自分に語ってくれた年寄りのことを、とてもよく覚えていたし、懐かしんでいました。
 現代では、いろりのまわりでなく、教室とか児童館、図書館の部屋で語ることになってきましたが、それでも、なまの声で語る限り、お互いが身近に居ることになるので、人間どうしの親近感、信頼感が生まれてくるのです。
 ここで一つ注意していただきたいのは、語るにせよ、読み聞かせるにせよ、俳優のように声色を使ったり、大げさな身振り手振りをしたり、大声をだしたりしないほうがよいということです。そんなことをすると、子どものほうはそのことに気を取られて、肝心なお話は聞けなくなってしまいます。山姥のせりふと、娘のせりふはもちろん感じが違うでしょう。しかしそれは極く自然な程度でいいのです。心を込めて、自然に語ることを心がけてもらいたいと思います。



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