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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第44回 昔話のもつ力
 子どもに昔話を語り聞かせているおとなが異口同音に言うことは、お話をきちんと覚えて語ると、子どもたちは必ず耳をそばだてて聞く、ということです。そのとき、大げさな身振りとか、わざとらしい声色を使う必要はまったくありません。昔話そのものが力をもっていて、聞き手をぐいぐい引き付けるからです。
 このことを知らないで、子どもたちを引き付けるには大げさな身振りと声色が不可欠と信じ込んでいるおとながたくさんいます。しかしそれはおとなの思い込みに過ぎません。大げさな身振りや声色があると、子どもたちはそちらに気を取られて、肝心の話を聞き逃してしまうのです。
 それでは、何が子どもたちを引き付けるのか、ということが問題になります。私はそれを、昔話そのものがもつ力と言っていいと思います。具体的には、いくつかのことが複合的に働いているのです。まずひとつは、この連載でくりかえし述べてきた独特の語り口です。まとめてみると次のような性質です。

@一次元性。昔話の登場人物と彼岸的登場者との間に、精神的断絶がない。例えば蛙がいきなり人間の言葉を話しても、登場人物は驚かない。
A極端性。例えば「白雪姫」で鏡は女王に向かって、「女王様、ここではあなたが一番美しい。けれども白雪姫はあなたより千倍も美しい」と言う。

B極端に語りながら、その実態は語らない。例えば、鏡は「千倍も美しい」と言いながら、どう美しいのか、美しさの実態は語らない。「馬方やまんば」では、馬方が馬の足を一本ずつ切って馬に投げ与えるが、どうやって切ったか、切った結果、馬がどうなったかは語らない。

C平面性。例えば、馬の足を切ったとき、血が流れたとは語らない。馬の足を、骨のある、奥行きのある立体的な足とは語らず、まるで切り紙細工の足のように、平面的に語る。主人公には精神的奥行きもないので、主人公が遠くへ出かけているときには、主人公の主体的決心ではなく、外的刺激によって出かける。

D同じ場面は同じ言葉で語る。これは音楽と同じ性質である。例えば、灰かぶりは宮殿の舞踏会へ三回行き、三回目に靴をなくし、それがきっかけで王子との結婚に至るのだが、グリムはこの三回の繰り返しをほとんど同じ言葉で繰り返している。

E時間、場所、状況、条件などの一致。例えば「いばら姫」で、ちょうど百年経ったときに王子が姫にキスをする。「手無し娘」で、ちょうど子どもと母親がかくまわれていた寺の前で、父親が笛を吹く。

 まだまだ語り口の特徴はありますが、次回述べることにします。



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