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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第4回 昔話は極端に語る、だが、リアルには語らない(2)

 前回、昔話はものごとを極端に語ることについて述べましたが、今回も引き続きこのことについて詳しく説明していきたいと思います。
  「白雪姫」で、女王は鏡に向かい、「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」と尋ねます。すると鏡は「女王さま、この世で一番美しいのはあなたです。けれども白雪姫はあなたより千倍も美しい」と答えます。
 この国で一番美しいというだけでも極端なのに、昔話は「千倍も美しい」とさらに極端化することを好むのです。このとき、「千倍」と言っていることにも注目してください。八四六倍などという具体的な複雑な数はけっして言いません。千倍という丸い数を言うことで、くっきりした印象を与えています。耳で聞いていかにも極端に美しいことを思わせます。
 と同時に、千倍という言い方は、印象的な言い方に感じられます。ものすごく美しいことを示す抽象的な表現です。八四六倍と言われると具体的ですが、抽象性ということは、昔話の大切な性質なのです。
 ところで昔話は、「千倍」などと極端に言いますが、どう美しいのかという、美しさの中身はひとことも言っていません。ひとことも言われていないから、昔語はいつまで経っても新しいのです。もし、グリムが当時のドイツのファッションに従って、まゆ毛がどうだとか、髪型はどうだとか書いていたら、二〇〇年経った今読むと古くさくてしょうがないでしょう。また、ドイツ以外の国の子どもが読んだら興味をもたないでしょう。
 ところが「千倍美しい」とだけ言ったので、二〇〇年経った今でも、そしてどこの国の子どもでも、自分なりに想像できるのです。「うちの先生のように美しいんだな」と思ってもいいわけです。
 極端に語るが、中身は抜いて語る。これが昔語の長寿の秘密です。と同時に、昔語を子どもに聞かせることの重要な意義もそこから生まれます。子どもは昔話を聞くとき、「千倍も美しい」としか言われていないので、どう美しいかは自分で想像しなければなりません。つまり、昔話を聞かせることは、子どもの頭の中に想像力を要求することになるのです。お話を聞きなれている子は、いろいろに想像力を働かせることができます。
 想像力は、生きていく上での基本的な力です。学力も想像力に支えられて成り立ちます。社会で生きていくときにも、想像力、空想力が必要です。昔話はその意味で、子どもたちに生きていく基本的な力を与えてくれると言えます。目で読むときよりも、耳で聞くときの方が想像力は自由に働きます。
 昔話は口で語られ、耳で聞かれて伝承されてきました。それゆえ、耳で聞いてわかりやすいようにできています。しかも耳で聞くことによって想像力が養われるのです。少しの時間でいいから、昔話を聞かせてやってください。


(「悠」に収録された原稿を一部修正)

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