Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道


昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第36回 耳に神経を集中できる環境をつくる
 こんなにテレビが普及し、面白いアニメが氾濫していても、子どもたちは、昔話がなまの声で語られると、かならず耳を傾けて聞きます。そのとき、文章が、耳で聞きやすい文章でなければならないことは、すでに何回も述べました。
 子どもたちがお話に精神を集中して聞くためには、その場の状況として、いくつか配慮しなければならないことがあると思います。
 現代では、子どももおとなも、近い距離で真正面から向き合ってお話を聞くという経験をほとんどもっていません。テレビではアナウンサーやタレントと向き合っているようでも、それはテレビを通しての一方的な対面であって、なまの対面ではありません。そのために語り手がお話を始めると、どこを見ていいのかわからなくなってしまうのです。語り手の顔をまじまじと見てはいけないような気になることもあります。
 それで、子どもたちは、語り手から目をそむけて、他の方を見ているふりをしたり、聞いていないようなふりをすることがあります。そういうときには、放っておいてやるのが一番いいのです。放っておけば、お話になれるにしたがって、語り手の顔を見るようになります。
 ところが、まじめな先生は、教室で語り手が語りだすと、下を向いたり、よそを向いている子どもに、まっすぐ顔を上げるように目や手で合図したり、小さい声で注意したりします。すると子どもは、みんなその事に気を取られ、そちらの方を見たりして、お話から離れていってしまいます。
 また子どもによっては、お話を聞くことに慣れていないため、まっすぐ語り手のほうを向いて聞くのが照れくさくて、わざと後ろを向いたり、横向きに座ってみたり、みんなから離れて座ったりすることがあります。これも、放っておくとだんだんにお話に吸い込まれてきて、しまいには身を乗り出して聞いたりします。なまの声で語られるお話、特に昔話には、それだけの力があるのです。
 ところがまじめな先生は、お行儀が悪いと考えて、子どもをつついたり、目で注意したり、甚だしい場合には、声に出して注意したりします。これでお話を聞く緊張した雰囲気は崩壊してしまいます。なまの声で語られるお話、とくに昔話自身のもつ不思議な力を信じて、子どもが自由な気分で、自由な姿勢で聞くことを、そっと見守っていてやってもらいたいと思います。
 お話の時間は、しつけの時間ではなく、お話を自由に楽しむ時間であると位置付けていただきたいと思います。それは、長い目で見れば、大きな教育的効果を発揮してくるからです。






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