Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道


昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第33回 教室で語ることの大切さ
  前号では、教室で昔話を語り聞かせるとき、留意すべきことを農村での語りの場を振り返りながら考えてみました。そこでは、聞き手の気持ちを乱さないような、一定の静かさが特に重要です。
 昔話は、言葉だけで伝えられるので、すべての言葉が聞き手の耳に届かなければなりません。いくつかの言葉を聞き落としただけで、全体がわからなくなってしまうことがあります。そのためには、あたりが静かであることが大切です。静かであるばかりでなく、聞き手たちの心が乱れないような状態が必要です。特に教室の場合のように、かなりの人数がいる語りの場では、ひとりの心が乱されるとそれが伝染して、全体がざわざわしてしまいます。
 近頃では、お話を語る女性たちが学校へ招かれて教室で語ることが多くなっているのですが、そういう語り手たちからしばしば聞くことがあります。
 「子どもたちが静かに聞き入っているとき、先生がドアをガラッと開けて入ってきたので、皆そちらに気を取られて緊張がこわれてしまった」「はじめのうち、横で聞いていた先生が、途中でカーテンを閉じて歩いたので、子どもたちの集中が途切れてしまった」これらの場面では、明らかに音と先生の動きが話の緊張をこわしています。言葉だけが手段であるお話にとって、音は大きな障害なのです。
 音だけではありません。こんな声もあります。
 「子どもたちが緊張して話に聞き入っているとき、先生がうしろのドアをそーっと開けていらした。そして、窓側の通路をそーっと前に出ていらして、ひとりの生徒に無言で指で出てくるように合図をした。子どもたちは、みんな先生の方に注目して、話はふっとんでしまった」
 この先生は、音を立ててはいけないということには留意していたのですが、音はなくても行動だけでもぶちこわすということには思い至らなかったのでしょう。この語り手はあとで、先生に何の用だったのですか、と聞いてみたそうです。すると、用件はこの子が規定のズボンをはいていなかったので、それを注意しに来たということでした。緊急の用ではなかったのです。この先生に、お話を耳で聞くことは子どもにとって大切なことなのだという認識があれば、ズボンの件はお話が終わってからでもよかったはずです。
 印刷術が発達し、物語がすべて読まれるようになってから、物語を耳で聞くことの楽しさが置き忘れられてきたと思います。耳で聞くことなど、あってもなくてもいいことと考えられてきたと思います。
 しかし、なまの声で子どもたちの耳へ直接聞かせてやれば、子どもたちは今でも聞きます。それは語りをしている人たち誰もが証言していることです。
 学校で語ったあと、先生から「うちのクラスが、こんなに静かに話に聞き入ったのは初めてです」と言われた語り手はたくさんいます。
 なまの声でお話を聞かせること、それは人と人とを直接に結びつける確実な力をもっています。
 教室でそれが重視されれば教室の様子が変わってくることは確実です。



UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
BACK    NEXT




Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道
topへ