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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第26回 いばら姫の眠り
 前回、いばら姫は一五歳のとき、紡錘を指に刺して一〇〇年の眠りに落ちるだろう、と予言されたのに、父王は、いばら姫がちょうど一五歳になったその日にお妃と一緒に出かけてしまった、なんと間抜けな父親ではありませんか、と書きました。しかし、実はここにこそ昔話らしさが秘められているのです。
 それは、昔話がもつ時間の一致という性質です。日常的な解釈をすれば、問抜けな父親ということになるのですが、昔話は逆に、時間を一致させて、ストーリーをどんどん前へ進めていくことが好きなのです。しかもこのような時間の一致はここだけではありません。
 いばら姫が、一〇〇年の眠りに落ちている間に、城の周りにはいばらが生い茂り、城は見えなくなります。多くの若者がその姫をひとめ見ようといばらのなかへ突っ込んで行きますが、皆、いばらにひっかかって死んでしまいます。一〇〇年たったある日、一人の王子が来て噂を聞き、姫を見ようといばらの中へ突っ込んで行きます。すると、いばらは道をあけ、王子は無事城の中へ入ります。そして塔を上っていくと小さい扉があり、王子が鍵を回すと扉が開き、中に美しい姫が眠っていました。王子はあまりの美しさに、思わずキスをしました。するといばら姫は目を覚まします。それから二人は下へ降りていって、早速結婚式がとり行われたというわけです。
 私はグリム童話の研究を始めたばかりの若い頃、ここで難間にぶつかってしまいました。「いばら姫が目を覚ましたのは、王子のキスによるのか、それとも一〇〇年の時間切れか」という問題です。これは、若造の私にはとても難しい問題でした。ちょうどそのころ、スイスのマックス・リュテイという文芸学者が「ヨーロッパの昔話-その形式と本質」という理論書を発表しました。
 それを読んでみると、あそこは、ちょうど一〇〇年の時間が切れるときにキスをした、その時間の一致にメルヒェンらしさがあるのだ、というのです。そしてリュテイは、もし時間の一致があそこだけならば、それは偶然の出来事といえるだろう、ところが昔話では至るところに時間の一致、場所の一致、状況の一致、条件の一致があるので、これはもう偶然ではなく、一致という昔話特有の性質と考えなければならない、と述べています。結局あそこは、キスだけで目が覚めたのでもなく、時問切れだけで目が覚めたのでもなく、ちょうど一〇〇年の時間が切れるときにキスをしたのです。その両方がぴたっと一致してはじめて目が覚めたわけです。
 ところで、現実の世界では、こんなにいろいろなことがぴたっと一致することはあり得ません。その意味で、昔話の世界は、非現実の世界です。もっと言えば抽象的な世界です。
 このことをよく理解しておかないと、昔話を現実世界の論理や合理性で解釈するという誤ちを犯すことになります。それをしてしまうと、昔語というファンタジーを理解できなくなってしまいます。
 いばら姫は一〇〇年間眠っていました。ところが目を覚ましたとき、一一五歳にはなっていません。次回にはこの間題を考えてみます。

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