Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道


昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第25回 昔話は独特な語り口をもつ
  私の連載も三年目に入るので、ここでもう一度、子どもはなぜ昔話に耳を傾けるのかという問題を考えてみたいと思います。それにはまず昔話のもつ独特な語り口のことを思い起こしていただきたいのです。
 最も基本的な語り口は、昔話では日常的な世界と、超越的な世界との間に精神的断絶がないということです。そこは一次元性の世界であると言えます。グリム童話「いばら姫」で、彼女が塔を上って行き小さなドアを開けるとおばあさんが糸つむぎをしています。彼女はまるで知り合いのおばあさんに出会ったかのように話しかけます。「その、ぐるぐる回っているものはなあに?」と。このときいばら姫は、こんなところにおばあさんが一人でいるのはおかしいな、とは考えません。魔女や山姥のような彼岸的な世界の住人に対して、違和感をもたないのです。
 また昔話の主人公は、詮索したり考え込んだりする人ではなく、行動する人なのです。糸つむぎをしているおばあさんを見て、おかしいと思わないのは、一次元性が支配しているとも言えるし、考え込んだりしないとも言えるわけです。
 いばら姫は、一五歳になった日に、たった一人で留守番をします。孤立的です。そしてお城の塔の一番上の部屋にいたおばあさんも、全く孤立しています。昔話はこのように、主人公や敵対者を一人で、孤立的に登場させることを好みます。
 聞き手である子どもたちは、主人公や敵が一人で登場するから、頭の中でイメージを作りやすいのです。創作文学の場合には、はじめにいろいろな人物が登場してきて、話が進むに従って主人公がしぼられてくることがよくありますが、耳で聞く文学の場合には、主人公や敵がはじめから孤立的に登場してくれたほうが、わかりやすいのです。
 昔話は、長年語り継がれてきたので、このような、子どもたちにわかりやすい語り口を獲得してきたと言えます。語り口白体が、昔の人たちがいつの間にか作り上げてきたものなのだから大事にしようよ、と私は呼びかけています。
 ところで、いばら姫が生まれたとき、父王は大変喜んで盛大な宴会を開きました。そのとき父王は森に住む十二人の妖精を招待しました。妖精たちが姫に様々な美徳をおくったとき、招待されなかった妖精が現れて、「この子は一五歳のとき、紡錘を指にさして死ぬだろう」と予言します。この予言は、まだ発言していなかった妖精によって、死ではなく、一〇〇年の眠りにおちることに変更されます。
 父王はこの予言に驚き、国中の紡錘を焼き捨てるよう、命令を出し、その通り行われます。
 そんな父王なのに、姫がちょうど一五歳になったその日に、お妃と一緒に出かけてしまいます。それで、姫は一人っきりになったというわけです。間抜けな父親ではありませんか。親としての監督不十分と思われます。しかしここにも昔話の語り口の特徴が現れているのです。

UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
BACK    NEXT




Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道
topへ