Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道


昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第22回 現代の語り手たち
  現在の日本では、農村での伝承的な語り手は、残念ながらもうほとんどおられなくなりました。昔語調査者がお年寄りを探して行ってお願いすれば、いくつかの昔話を語れる人はいますが、習憤として毎晩幼い子に語っているという人は、ほとんど皆無です。
 それに反比例するかのように、本から昔話を覚えて語る人が、大変な勢いで増えています。私はそういう新しい語り手を、「現代の語り手」と呼んでいます。
 伝承的な語り手と現代の語り手との根本的な違いは、前者が、子どもの頃に身近なおとなから繰り返し聞いて、いつのまにか昔語を覚えたのに対して、後者は、おとなになってから、意識して話を覚えたという点にあります。
 しかし大事な共通点があります。それは、両者とも話を完全に覚えているという点です。これが語り手の基本条件です。話のすじを大体知っているというのでは、語りにならないのです。語りの言薬がすべて頭に入っていてはじめて、リズムをもった語りになりうるわけです。
 現代の語り手には、お母さんもいれば、幼稚園・保育園の先生、図書館員、そしてまだ少ないけれど小学校、中学校の先生がいます。
 語る場所は、この四、五年来、やっと小学校にも広がってきました。とてもいいことだと思います。稀には中学校に招かれて語る人もいます。
 けれども、小・中学校での語りの歴史はまだ浅いので、ちぐはぐなことがしばしば起きているのが現実です。子どもたちがお話を耳で聞くという貴重な時間なので、この語りの時間を有効に使ってもらいたいと思います。
 現代の語り手たちが異口同音に言うのは、担任の先生が子どもたちと一緒にお語を聞いて楽しんでくれるクラスでは、お話会は必ずうまくいく。子どもたちは落ち着いてお話を聞き、楽しむ。逆に、語り手が語っている間じゅう担任の先生が教卓でテストの採点などをしているクラスでは、子どもたちはざわついたり、あたりに気が散ったりして、お話会はうまくいかない、ということです。もったいないことです。
 ある語り手が小学校へ招かれて行きました。担任の先生は時間前に、「うちのクラスは荒れてるから、失礼なことがあるかもしれませんが、よろしく」とおっしゃいました。そして教室に入ると先生は、いかにもワルらしい子たちのすぐそばに陣取り、腕組みをしてにらみをきかせました。語りが始まると、はじめはざわざわしていたのに、すぐしーんとなり、みんな話に聞き入りました。特に熱心に聞いたのは、ワルらしい子たちで、お話にとてもよく反応したそうです。
 終わって職員室に戻りながら、先生は「うちの子どもたちが、あんなに集中して話を聞いたのは初めてです」と言われたそうです。

UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
BACK    NEXT




Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道
topへ