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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第20回 「三匹のこぶた」からのメッセージ(2)
 この昔話は、動物の生命のあり方を語っていると前回書きました。だから、残酷な面をもっているのです。
 「昔話は残酷ですか」と問われたら、私は昔話研究者として、「人間の生命がもっているのと同じ程度の残酷さをもっている」と答えるでしょう。
 人間の生命は、愛を育んだり美を創り出したりと、美しい面をもっています。しかし、反面ではほかの動物を食べるという残酷な面ももっています。その両方をきちんと子どもにも教えることが大切なのではないでしょうか。昔語はそれをやっています。しかも、中身は抜いて語ります。決してリアルには語りません。「三匹のこぶた」でも、血が流れたとか、こぶたが苦しんだとは決して語らないのです。
 この語り方は先人の知恵だと思います。こういう抽象的な語り口にしてはじめて、生命のもつ残酷さを語ることができるのですから。
 イギリスの先人たちは、こういうファンタジーの中で、写実的でない語り口でもって、生命というものは実は厳しいものなのだということを子どもに教えてきたのでしよう
 もちろん、幼い子はこの話を聞いてすぐに、ああ、生命というものは厳しいものだなあとは思いません。悪い狼がこぶたに食われて、バンザーイで終わりです。しかし、思春期になって、自分って何だろう、生命って何だろうと考えるようになったとき、ああ「三匹のこぶた」の話は生命の厳しさを語っていたのだと気がつけばいいのです。あとで考えるときの豊かな材料が子どもの心の中に貯えられること、それが大切なのではありませんか。
 ところがそのとき、生命の真実でないことが思い浮かんだら、子どもの思考は混乱してしまいます。生命について、うそを教えてはいけないのです。この点については先人たちの知恵に学ばなければならないと思います。
 白分の生命が、ほかの動物の生命をもらって成り立っていることを知ることは、自分が生きていることへの感謝の念をもつ第一歩ではないでしょうか。
 日本は今、繁栄し、みんな豊かで清潔な暮らしをしています。牛肉や豚肉も、スーパーに行けばきれいにパックされて売っています。まるでケーキのようです。子どもたちはそういう肉を食べているのですが、白分で食べている肉が、生きていた豚、生きていた牛だったことを知っているでしょうか。
 おそらく、今の日本では親たちでさえ、そんなことは考えずに食べているのではないでしょうか。
 それは恐ろしいことではありませんか。人間がほかの動物の生命をもらわなくては生きていけないことは、神様がそうつくったのだから変えようがありません。しかし、人間はそのことへの感謝を忘れるべきではないと思うのです。昔語のメッセージを真正面から受け取るべきだと思うのです。


UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
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