Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道


昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第16回 子どもの心を知っている「てぶくろ」
 前回に引き続き、昔語絵本「てぶくろ」の人気の秘密をさぐってみます。
 前回「同じ場面は同じ言葉で語る」という文法のことを書きましたが、この絵本では、実はその上にこまかい工夫がこらされているのです。
 てぶくろに入ったねずみのところへ、かえるが来て、続いてうさぎが来て、「わたしも入れて」と言うと、かえるは「どうぞ」と答えています。歓迎していることがわかります。
 ところが、次にきつねが来て、入れてと言うと、ねずみは何も答えません。そのページは「わたしも入れて」で終わっています。「どうぞ」がないので、聞き手や読み手は、「あれ?」と思います。
 次におおかみが来て、入れてくれと言うと、ねずみは「まあいいでしょう」と答えます。あまり歓迎していません。次にいのししが来て、入れてくれと一言うと、一度は「ちょっとむりじゃないですか」と断り、「いや、どうしても入ってみせる」と言われると、「それじゃどうぞ」と答えています。いやいや承知したわけです。そして最後にくまが無理に入ると、「てぶくろはいまにもはじけそうです」となります。
 これを通して見ると、歓迎の「どうぞ」が二回あり、次に無言があり、それからはいやいやながらの承諾が二回あるという形になっていることがわかります。無言をはさんで、前と後に二回ずつのやりとりがある。ということは、中央に無言があって前後が対象形になっていることがわかります。
 これによって、ストーリー全体に一つのリズムをっくっているのです。しかも、無言のあとは、前と比較して一段と緊張が高まっています。こうやって最後の「いまにもはじけそうです」へとクレッシェンドしているのです。整った形と言えましょう。
 「いまにもはじけそうです」で極度に緊張します。そしてぺージをめくると「さて、もりをあるいていたおじいさんはてぶくろがかたほうないのにきがつきました」となり、さがしにもどります。これは完全に日常の世界です。ファンタジーの極限から日常の世界へのこの大転換は、すばらしい迫力をもっています。
 てぶくろがむくむくとうごいています。このとき、てぶくろがどんな大きさだったのか、何も言っていません。聞き手の想像力をかきたてるところです。
 「そこへおじいさんがやってきててぶくろをひろいました」で終わります。最初の欠如(片方のてぶくろを落としたこと。前号参照)が充足されたのです。幼い聞き手はてぶくろが落とされたままだったのが、気になって仕方ありません。それが最後におじいさんに拾ってもらえてホッとします。子どもに完全な安らぎと満足を与えて終わっています。子どもの心をよく知っている絵本だと思います。

 
UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
BACK    NEXT




Web子どもと昔話 ││ 昔話の道しるべおはなしの小道
topへ