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昔話の道しるべ 小澤俊夫の昔話エッセイ GUIDEPOST FOR FOLKTALES

第10回 わらしべ長者のメッセージ
 昔話は子どもに聞かせる話だから、何か道徳教訓的な意味があるに違いないと思われがちです。確かにそういう話もありますが、しかし、子どもや若者が主人公の場合、昔語はその主人公が、成長していく姿を語るのを好みます。しかも、主人公がいろいろな困難にぶつかったり、変化したりしながら成長する姿を語るのが好きなのです。
 日本で伝えられている語で、「わらしべ長者」といわれるものがあります。
 
 三人兄弟の末っ子は、いつも役に立たない子なので、財産分けの時、わらしべ一本しかもらえなかった。末っ子がわらしべ一本を持って旅に出ると、はすの葉を収穫している人がいて、「いいはすが取れたが、これをくくるわらがあるといいのに」と言っている。末っ子がわらしべをあげるとお礼にはすの葉を一枚くれた。それを持って歩いていくと味噌を作っている人がいて、「とてもいい味噌ができたが、これを包むはすの葉があるといいのに」と言う。末っ子がはすの葉をあげると、お礼に味噌を分けてくれた。今度は味噌を持っていくと刀鍛冶がいて、「とてもいい刀が打てたが、これを最後に味噌で冷やすと名刀が仕上がるんだが」と言っている。そこで味噌をやると、名刀を仕上げて、お礼にその名刀を末っ子にくれた。さらに旅を続けていくと、その名刀の不思議な力によって末っ子は山犬の
難をのがれることができ、しかも長者の家の婿になった。
 
 私はこの話を福島の農村で聞いたとき、これも子どもの成長を語っていると思いました。少し抽象化してこう考えたらどうでしょう。
 子どもは、自分が獲得して持っているものと丁度合致するものに出合った時それを自分のものとして次の段階へ有効に進むことができる。
 こうしてみると、これはもう子どもの成長のプロセスそのものを語っていることがわかります。成長にはいろいろな段階がある。それぞれの段階で、子どもは自分が獲得して持っている体力とか興味、好みにうまく合致するものに出合うと、それを本当に自分のものとしていくのではないでしょうか。わらしべを持っている子に味噌を与えても、何も生まれてこないのです。
 日本の教育の中では、何事も早く教えた方がいいと、考える傾向が強いように思いますが、早過ぎると子どもにとっては重荷になるだけで、成長の糧にはならないということも、常に考えておかなくてはいけないと思うのです。昔の人はそのことを、こんな話にして伝えていたのではないでしょうか。
 「三つ子の魂百まで」という諺があります。言っていることは「魂」であって、決して「三つ子の知識百まで」ではないのですが、そこを勘違いして、早く知識を与えた方がよいとする考えが強すぎるように思うのです。たくさんの子育てと人生の道のりを見てきた先人たちが昔話に込めたメッセージに耳を傾けると、そこからいろいろなヒントがもらえると思うのです。
UBBELOHDE:のらくらものの天国の話
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